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2021.09.13
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朝日新聞、9/13(月)夕刊に掲載された「根上 博」先輩の記事
水泳部 根上 博先輩の記事です。

サイダー瓶でソ連と戦った 五輪後にノモンハン従軍、元選手の証言

華やかなオリンピックの舞台の後、待っていたのは戦場だった――。
戦時下の中国東北部(旧満州国)で、日本陸軍が関わった作戦について、元将校らが証言した戦後のインタビュー音源が、米国の大学図書館に残されている。36人、計178時間におよぶ録音の中に、かつて世界記録を打ち立てた元水泳選手の証言があった。(瀬戸口和秀、編集委員・永井靖二)


■1200本調達、火炎瓶で戦車突進

「機関銃で狙われながら走りましてね。食べる物、飲み物、ちょっと我慢してくれって。撃つのが少しやんだら、すかさず持って来てやるからって……」

戦場の様子を淡々と語る声の主は、1936年のベルリン五輪に出場した故・根上(ねがみ)博氏。軍事史研究が専門の米国人歴史家、故アルビン・クックス博士の聞き取りに応じたものだ。

根上氏は立教大学の学生だった34年、全日本選手権の1500メートル自由形で優勝し、途中の1千メートルで12分41秒8の世界新記録を出した。「不断の努力に輝く 水泳界の彗星(すいせい)」。当時の朝日新聞に写真付きの記事が残る。

その後も800メートルや400メートルの自由形で、相次いで世界新記録を出し、ベルリン五輪の日本代表に選ばれた。前畑秀子が200メートル平泳ぎで女子初の金メダルを取り、「前畑がんばれ」のラジオ実況が有名になった大会だ。根上氏は400メートル自由形に挑んで5
位。メダルはならず、五輪の翌年、兵役にとられた。

証言録音によると、満州に駐屯した陸軍の部隊「関東軍」で、歩兵第26連隊に所属した。主計少尉として、軍の会計事務を担い、戦場では食料や水の補給役だったという。



五輪から3年後の39年、根上氏はモンゴル東部の草原地帯に派遣された。当時、関東軍とソ連軍がぶつかるノモンハン事件が勃発。ソ連は戦車を中心とする機械化部隊を送り込み、日本にとっては初めて経験する本格的な近代戦だったとされる。

兵士らは自炊が原則だったが、それすらままならないほど戦闘が激しくなると、根上氏らに出番が回ってきた。「敵と対峙(たいじ)してる時は炊飯できないから、結局後ろで炊いて持っていってやる」。後方からの補給とはいえ、機関銃で攻撃されることもあった。「それで後ろへまたずーっと逃げた。(攻撃がやむと)水や何かをまた持ってきたわけです」

根上氏が調達したもののなかに、サイダー瓶があった。前線に届けると、のどを渇かせた兵士たちは喜んだ。だが、上官の狙いは別のところにあったという。

「伝令が来まして、空き瓶がほしいって言われたんだ。火炎瓶の。結局、空き瓶がないもんですから、サイダーだとか、何かが詰まったやつを用意して、向こうへ運ぶというような任務をやった」
入手には苦労したという。「火炎瓶にするとか何とかっていうことは言いません。そういうことが漏れたりしちゃあ、まずいですから」。調達できた瓶の数は、1200本近かった。

空き瓶にガソリンを注ぎ、敵の戦車に突進させる――。急ごしらえの火炎瓶攻撃が繰り返された。関東軍が独断で広げた戦闘で、日本側は壊滅的な打撃を受けた。根上氏が受けた空き瓶の調達命令は、無謀な戦いの一端を示すものだった。
「立教大学水泳部八十周年誌」(2000年発行)には、根上氏について「満州、蒙古国境でソ連と戦火を交えた、ノモンハン事件で『根上博オリンピック選手戦死』の誤報が伝わり……」との記述が残る。

実際にはノモンハンから生きて帰った。戦後の1956年にはメルボルン五輪に水泳女子の監督として参加した。その後も日本水泳連盟の専務理事や理事長を務めて水泳界を支え、80年に67歳で亡くなった。

立教大学水泳部の元総監督で、日本水泳連盟副会長を務めた安部喜方(きほう)さん(68)は取材に「温和な人柄だけど、自分にも水泳にも厳しかったと聞く。大変な戦場を生き残られたが、戦時中は(1949年の)東京五輪も開かれず、別の戦地では立教大のメダリストの先輩が戦死した。多くの悲劇を生んだ戦争は二度とあってはならない」と語った。

◆キーワード

<ノモンハン事件>
中国東北部に建国された日本の傀儡(かいらい)国家「満州国」と、ソ連の影響下にあったモンゴルの国境を巡り、1939年5月に起きた小競り合いが、関東軍・満州国軍とソ連・モンゴル連合軍の大規模な戦闘に発展。戦いは約4カ月に及び、日本側が壊滅的な打撃を受けた。ソ連に対する開戦論はしぼみ、太平洋戦争に至る日本の南進政策の一因にもなった。

■178時間の録音、デジタルで特集

故アルビン・クックス博士による関東軍の元将校らへのインタビューは、1960年代初めに収録されました。朝日新聞は今回、音源を所蔵する南カリフォルニア大学東アジア図書館の協力で、その内容を改めて分析。

プレミアムA「砂上の国家 満州のスパイ戦」として、朝日新聞デジタル(http://t.asahi.com/wku9別ウインドウで開きます)で特集しています。